2006年03月23日

新潟良寛研究会の講座が新聞報道

 新潟良寛研究会の3月例会の模様が3月21日「新潟日報」紙朝刊の新潟地区版に掲載されました。10年前から続けられていた谷川敏朗先生の『良寛の詩歌百選』講座の最終回です。

  (↓クリックすると拡大します) 新潟日報朝刊


 最終回の講座に相応しく良寛さまの長歌「この夜らの いつか明けなむ この夜らの 明け放れなば おみな来て ばりを洗はむ こいまろび 明かしかねけり 長きこの夜を」という病中の苦しみ、不眠の苦しみ、長い夜のやるせなさを歌った長歌である。この歌は良寛さまが示寂される20日余り前の12月15日に弟の由之さんが良寛さんに歌を贈っている。その歌は「君が爲 春日まつとて 折つめて 手たゆき迄に 成にけるはや」というものである。良寛さまの病気が治られるように指を折り、お祈りをして来年の春を待つという歌である。この歌に対する返歌が「この夜らの」の長歌であろうと谷川先生はおっしゃておられました。しかし、この歌は由之さんのもとへは届けられずに良寛さまは息を引き取られたのである。
posted by 牡丹 at 18:38| 新潟 ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | 良寛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月19日

谷川先生の「良寛の詩歌百選」講座終わる

 平成8年から始まった谷川敏朗先生の「良寛の詩歌百選」の講座も10年かかって今月で終了しました。その最後の講座の取材に新潟日報社の記者とカメラマンが取材に来られました。近日中にその記事が「新潟日報」紙に掲載されますので、お見落としのないようご注意下さい。
郷本の良寛空庵跡
 ところで、今月の良寛さまの詩歌は『草堂詩集』の中の有題詩「傭作」をアップしました。この詩は良寛さまが玉島・圓通寺の修行を終えて帰郷し、寺泊・郷本の塩炊き小屋に仮住した時に読まれたものとされています。
(ここをクリック)



 良寛さまの帰郷時期については多くの説がありますが、これまで寛政8年説が有力でした。しかし、昨年『良寛』誌48号に元新潟大学教授・冨澤信明先生が 寛政4年3月説を発表されて話題になりました。
 このように良寛さまの足跡をきちんと記録したものはほとんど残っていません。良寛さまのことが書かれている古い文献にはどんなものがあるか。それを谷川敏朗先生が丹念に調査され、明治時代以前の良寛さまについての記録が『轉萬理』56号に発表されています。今月はその記事もアップしました。どうぞご覧になって下さい。(ここをクリック)
 なお、来月以降の詩歌講座のページは、まだ掲載されていない詩歌が約10篇残っていますので、引き続き「詩歌百選」の解説を続けます。

 また、全国各地の良寛会から情報を頂いて、それを一元的に見られる場にしたいと思って、各地「良寛会だより」のブログを試験的に発信しました。全国の良寛会の方々をはじめ、一般の皆様からも情報を頂ければ、楽しい有意義なブログになると思います。どうぞご協力をお願いします。
「良寛会だより」のアドレスは http://ryoukankai.seesaa.net/ です。

 与板町の良寛の里活性化研究会が「良寛の里」と題して出雲崎、与板、和島、寺泊、分水の案内、良寛さまの紹介、史跡・観光の紹介、グルメやショップ案内、行事イベント紹介等、幅広く良寛さまの顕彰活動をしておられます。
アドレスは http://ryoukan.net/ です。
一度ご覧になって下さい。
posted by 牡丹 at 14:07| 新潟 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 良寛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする