平成15年の秋の研修旅行で小島谷の住雲園で実生のモミジを採取して、昨年菩提樹の種を植えた鉢にそのまま植えておきました。ところが、平成16年の春、植えていたモミジぼ間から菩提樹らしい芽が出てきたではありませんか。20粒位植えた中の1本です。嬉しくなって大事に育てました。
念のためにと、今年の茶会で浄念寺さんを訪れた際、我が家の菩提樹らしい株の葉と、良寛さまお手植えの菩提樹の葉を比べて見ましたが、間違いないようです
去年は僅か20センチにも満たなかった樹高も、今は55センチ位になりました。早く花が咲いてくれて、その清々しい香りをかぎたいと思うこの頃です。


ぜひ、よかったらコメくださいな★
ずっーと良寛さまを研究している者です。
日記に関係なくてすみません。
良寛さまは、れっきとした禅僧で二十歳台を岡山の曹洞宗円通寺で修行に励んでいました。
朝も誰よりもはやく参禅し、寝食を忘れるほど座禅に作務にと熱心に行じていたことが漢詩などからわかります。
ところがある時、宗祖道元の正法眼蔵を読んでびっくりするわけです。
「なんか、わしゃ一人で力みすぎてたんじゃなかろうか」と。
良寛さんの詩では
「転た覚る 従来独り力を用いしを」となるわけですが、そこから突然寺を飛び出し行脚の僧となるわけです。
正法眼蔵のどの箇所を読んだかはわかりませんが、
「ただわが身をも心をも、はなちわすれて、仏の家になげいれて、仏のかたよりおこなはれて、これにしたがひもてゆくとき、ちからもいれず、こころもつひやさずして、生死をはなれ、仏となる。」(正法眼蔵)
どうも、このあまりにも有名な道元の言葉が気になります。
おそらくその頃の良寛さまには育ちからして下化衆生とか、仏法を広めようなんて考えはなかったと思うんです。
自己の悟りばかりを追い求め、
「従来独り力を用い」ていたことを反省したのか。
自力の禅宗とされていますが、自力他力と言い出したのは浄土系のほうからで、本来他力でない仏教などありえないはずです。
岩波文庫などからも刊行されている原始仏典なるものを読んでも、禅と念仏はもともと一つのものであったことがわかります。
仏を念ずる、意識を仏に集中させるのが本来の念仏でそれと一体化したのち それを捨てる、要するに自我意識を捨てる仏に預けてしまうのが本来の念仏だったのではと思います。
意識を集中させるのに大きな助けになるのがジャパ、(称名)であることはまちがいないです。